大規模マンションを建設するため閉園になった動物園で唯一引き取り手のなかった老いた象を町で引き取って、新たに象舎を建てて飼育する。その飼育のために雇われた年齢不詳に見える飼育員が雇われていたが、ある日象と飼育員が姿を消す。
象の足には鉄の輪が嵌められ鎖でつながれていて、その鍵は消防署と警察署の金庫の中にあるにもかかわらず…
消えた象の最後の目撃者である“ぼく”は、目撃したこと、感じたことを信じてくれる人はいないだろうと話さずにいたけれど…
「一番大事なポイントは統一性なんです。どんな素晴らしいデザインのものも、周りとのバランスが悪ければ死んでしまします。色の統一、デザインの統一、機能の統一…それがキッチンに最も必要なことなんです。」
本文からの抜粋ですが、キッチン製品の宣伝担当者で、いなくなった象の最後の目撃者である語り手“ぼく”が、仕事で知り合った編集者の“彼女”に語った言葉です。
“ぼく”は「便宜的に」そのように語っていると意識をし、また彼女に語っていますが、本当にそうなのかという疑問を持っています。
その彼女の「世界は本当に便宜的に成立しているの?」という言葉に、“ぼく”は「僕はごく無意識に誰かに―上手く話すことができそうな誰かにー象の消滅についての僕なりの見解を語りたいと思っていたのかもしれない。」と誰にも話していなかった仮説を話します。
それは、“ぼく”が象を見た一番最後の人間で、その時、象と飼育員を最後に見た印象のこと。
しかし彼女にはわかってもらえず、彼女との距離も開いてしまいます。
多くの国の言葉に訳され、読まれている作品の一つで、この作品をタイトルにした短編集が出版されていますが、この物語のどこにそのような魅力があるのでしょうか。
おそらく世界はこのまま淡々と続いていくだろうという結末はエンターテインメントを求める人には肩透かしでしょう。
世界は便宜的なもので、お互いの便宜的なものの中で、人同士は分かりあうことは出来ないという見方は皮相的ですが、しっくりくると思います。
彼女も、彼に打ち明けないだけで象的なものを持っているのかもしれませんし。
自分がそこから感じるのは、そこはかとない不安感です。しかし、全てがわかっていたらつまらない。
海外で人気があるのは、人と神との向き合い方的な宗教的な面があるのかもしれないと思います。
全ての物語は公開されると同時に作者の手を離れ、読んだ人の心の中にあるのだというのはありきたりな言葉ですが、この物語にしっくりくる気がします。
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