2021年6月5日土曜日

「最終飛行」のサン=テグジュペリとロアルド・ダールと宮崎駿

サン=テグジュペリのアメリカ行きから最期の飛行までを描いた「最終飛行」(佐藤賢一著)を読んで、ふとロアルド・ダールを思い出しました。

サン=テグジュペリがフランスの貴族階級の出身で郵便飛行士、戦前から作家として著名で偵察飛行の任務を遂行していたのと対照的に、ロアルド・ダールは南ウエールズ出身で両親がノルウエーからの移民。石油会社の飛行士で第二次世界大戦ではイギリス空軍の戦闘機パイロットとして従軍し、負傷除隊。戦後に作家デビューをしています。

短編の名手と呼ばれ、短編ミステリー「南から来た男」は有名ですし、児童文学として「チャーリーとチョコレート工場」、映画「007は二度死ぬ」の脚本も手掛けています。


ダールの作品で「彼らは年をとらない」で描かれるエピソード。アフリカ戦線で偵察任務中の飛行士が雲の中へ突っ込むと敵味方、いろんな年代の飛行機が一本の長い列のように連なり飛んでいるところへ遭遇する場面。その飛行士は操縦すらせずに飛んでいるのに気づきます。それは撃墜された飛行機たちで、生きている主人公はその飛行機たちと最後まで行動を共にすることが出来ませんでしたが、彼はその際に見た光に魅せられ焦がれます。

その後、彼はついに撃墜されてしまいますが、両腕を撃たれて脱出できなくなっていた彼は僚機の語り手のパイロットに無線で「自分は運がいい」と話して落ちていきます。

いろんな年代の飛行機が一本に連なり飛んでいくシーンはスタジオジブリ製作、宮崎駿監

督の「紅の豚」にも出てきましたが、この作品からイメージしたのかもしれません。


また、同じく短編「カティーナ」はイギリスがナチスドイツに押されてギリシャで撤退戦に追い込まれていた頃の話。

この物語に登場するギリシャ人の9歳くらいの金髪の少女カティーナは、ドイツ軍の爆撃で家族を失いその遺体が埋まったがれきの上に座っているところを移動中のイギリス空軍の部隊に保護され、行動を共にすることになります。次第に部隊になついていく少女でしたが、基地を襲ったドイツ軍機の機銃掃射の中、見たことのないような怒りの表情で滑走路に飛び出した少女。故障で不時着したドイツ軍機から助け出された金髪の少年パイロットを見て「こんなはずがない。こんなに普通の少年があんなに酷いことをするはずがない」という反応をする少女。そして少女は最後に基地を襲ってきたドイツ軍の飛行機に拳をふるいながら飛び出し、撃たれ倒れてしまいます。

撤退するイギリス軍とイギリス軍に協力するギリシャ人。従軍していた者であるからこそかけるのであろうという描写から戦争の悲惨さを感じます。

(「最終飛行」でテグジュペリが米軍機のライトニングをオーバーランで壊してし合う描写がありましたが、その描写で理解できなかった飛行機の操縦について、この作品では機体は違いますがちゃんと描かれています。)

文庫本にして40ページに満たない短編作品ですが、宮崎作品の戦う少女は、この少女に対する哀悼の意味があったのではないかなどと思うほど強い印象が残りました。


イギリス軍が撤退戦を強いられる中、祖国フランスを取り戻すためにアメリカに参戦を求めるテグジュペリの姿が「最終飛行」で描かれています。そのアメリカの参戦は形勢を逆転させ、テグジュペリを最期の飛行へ向かわせることになります。

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