2021年5月31日月曜日

【玉砕/Gyokusai】小田 実 ティナ・ペプラー ドナルド・キーン 訳 金井 和子 岩波書店2006年9月8日 第1刷発行

 太平洋戦争末期の、軍事的に圧倒的に優るアメリカ軍に対して日本帝国守備軍が行った絶望的な「自殺攻撃」をテーマに小田実さんが小説化した『玉砕』。

ドナルド・キーンさんの英訳によって国際的に紹介され、その後、広島原爆投下60周年を機とした番組制作を考えたBBCワールド・サービスの依頼で英国の放送作家ティナ・ペプラーさんの手によってラジオ・ドラマ化されBBC放送から全世界に向けて発信されます。ラジオ・ドラマの制作が始まる直前に旅客機ハイジャックによるニューヨークの貿易センタービル爆破事件いわゆる「9.11」が起こります。

それ以前より行われていて今後も行われるだろうイスラム教過激派による「自爆攻撃」。「玉砕」のテーマはいまだに重い意味を持っているのではないかと思います。

この本には、小説「玉砕」と、それについての小田さんの解説、英訳したキーンさんの「玉砕」にまつわる話、小田さんとキーンさんの対談、ペプラーさんのラジオドラマの和訳と、その制作についての話と意義についてなどが収められています。


小田さんが子供のころに経験した大阪の大空襲、キーンさんが米軍時代に遭遇した歴史上初めて「玉砕」という言葉が使われたアッツ島玉砕。立場は違えど原作者、英訳者ともに戦争を体験しています。日本文化に造詣が深いキーンさんは、特攻や玉砕は、一生理解できないものと考えていたと言いますが、当時の戦場の状況を丁寧に描いたこの作品を読むことで理解できた気がしたと発言されています。

それは冒頭に書かれた「玉砕」という言葉の謂れに込められているのでしょう。

ラジオ・ドラマでは小説の最後のシーンが冒頭にも描くという演出がなされ、生き残った者の視点を意識させるつくりになっています。


手元に手榴弾が一つ持っていて敵が目の前にいるのに敵に向かって投げずに自爆する。なぜ敵に向かって投げないのか。圧倒的な戦力の差で勝てないと思うのならなぜ降伏しないのか。

キーンさんの目撃した玉砕は、戦いの緒戦でまだ十分に戦力があるにもかかわらず行われたとという事ですからなおさら理解できなかったのでしょう。

小田さんとキーンさんの対談で「生きて虜囚の辱めを受けず」の思想は日露戦争では存在しなかった。日露戦争当時の軍人手帳には国際法が載っていて、文明国の軍隊なのだから国際法を守らなければならない。またそのように要求する権利もあるとされていたという事を読むと、なぜ日中戦争~太平洋戦争で「玉砕」が起きたのか。

私は、謀略を用いて開始された日中戦争から、圧倒的な国力の違いがある米国との開戦で「文明国」という意識が失われ、その状況で十分な補給もなく過酷な環境に置かれ、圧倒的な兵力の違いを見せつけられた結果の悲劇なのだと考えます。


「玉砕」では満州から南方の島へ送り込まれた部隊の到着から最期までが淡々と描かれています。

中心に描かれる分隊長の中村と金(こん)伍長。中村は金より入隊が1年遅いのですが階級は伍長の上の軍曹。人一倍努力をして同期より早い昇進を勝ち取ったのですが、金は伝説の兵士と噂され、他の兵士の信頼も厚いのですが。

しかし、その二人はお互いを信頼しています。

とうとう中村は致命傷を受け、金は助けようとします。また米軍が投降を呼び掛けるビラの話を中村にしますが、中村は“日本の軍人として投降はしない。半島人の金は投降すればいい”と言います。

金は「お前までそれを言うか。」と中村の下を去っていきますが、果たしてそれは本心だったのか、金を生かすための言葉だったのか…

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