2021年5月11日火曜日

【酒の飲みようの変遷】柳田國男 著1939(昭和14)2月「民族と酒」として発表

 これが書かれた時代、日中戦争の頃に酒の乱用が起こったという状況が背景にあったとのことで、柳田國男と同じ民俗学者である折口信夫の研究者 長谷川政春が次のようにこの論を要約しています。

「一つの盃による仲間うちでの廻し飲みが、平素の結束を確認するのに役立っていた。だから酒は近世以前には、一人で飲む風習がなかった。したがって、小さな猪口が出現するのは新しいことであった。また毎日飲むこともなかった。元来、神祭りに神と一つに連なることを求めて神に供え、その後に頂いて飲むものであった。ところが四斗樽の発明による運搬の容易さ、可能になった貯蔵、飲む機会の増加、その上に前代よりも味も色もよく、酒の質も上がってきたために嗜好品として迎えられるようになった。ここに酒の乱用の条件が揃ったわけである。それゆえに、飲酒の変遷を捉えて、どうあるべきかの回答を捜さなければならない。と結ぶ。」(遠野物語 集英社文庫1991年12月20日第1刷 解説より)

「元々たいしてうまくなかった酒は、神や人との結びつきのために飲んだものであり、みんなで飲むのが当たり前であった。美味しい酒が造られるようになり、またいつでも飲めるようになったわけで、酒は何のために飲むべきなのかをちゃんと考えるべきだ。」という事なのだと思います。

そして次のような文で締められています。

「いつも民間の論議に揺蕩せられつつ、何らの自信もなく、可否を明弁することすらもできないのは、権能ある指導者の恥辱だと思う。」

柳田國男は貴族院書記官長や国際連盟委任統治委員などを経験していますから、政府について歯がゆい部分があったのでしょう。ひょっとすると、酒にかこつけてこの一文を書いたのかもしれません。

その指摘は現在の新型コロナウイルス対応に通じるものがあり、人はなかなか進歩しないものなのだなと実感します。


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