この作品が発表された平成29年5月の時点では東日本大震災の記憶は鮮明でも新型コロナウイルスのコの字もなかったわけで、ワクチンのないウイルス感染により人が死に文明が崩壊するというストーリーは本の帯の「2036年、人類は淘汰される。圧倒的筆力で描く予言的SF長編!」というのも間違いではないでしょう。ただ、圧倒的筆力かどうかは読者の好みによるもので、筆力に関して個人的な感想としてはホント変わらないなと…ただ、本当にいろんな着想がバランスよく配置されています。
太陽のフレアによるコロナ質量放出が原因で生じた地球規模の大停電の影響でインフラが壊滅し、同時に流行した致死率の高い感染病が蔓延する中で政府は命の選別をするが、その実態はAIが人を支配し、選別された人を冬眠させ夢の中へ誘導して生物学的な死へいざなう。
文明を担う・再建させるための人は選別されているわけで、文明の穏やかな死を意味します。
文庫版の巻末に島田雅彦×宮内悠介 公開対談「激動の世界に、虚構の力で立ち向かう」が収録されていて、その中で“前半は終末もので「日本沈没」編、後半はポストヒューマンもので「幼年期の終わり」編”と指摘されていますが、人にとってはAIの暴走、AIにとっては悪意からではなく人が安楽に生きられる場を創出したという点では柾悟郎さんの「ヴィーナスシティ」の世界観にもつながるかもしれません。
人間の文明による地球への負荷が一線を越え、人の住める環境維持が困難となった時、AIはある意味人という種を生き延びさせるために致死率の高いウイルスと、それに対するワクチンを開発するように仕組む。選ばれた人は世界が回復するまで冬眠しながら頭に埋め込まれたチップで制御された夢を見る。しかし実際にはその間、眠り続ける肉体は必然的に死へ向かうでしょう。選ばれた人は、いわゆるVIPや専門家で、当然自分は生き残る側と信じて疑わないわけだけれど。
ワクチンの治験に参加して生き残った主人公は、選ばれる側になることを選ばずに外の世界を生きる…生きる世界はちょっと「日本沈没」と同じ小松左京さんの「復活の日」を感じます。あ、「復活の日」も細菌兵器により多くの人が亡くなり文明が崩壊するお話でした。
ヴィーナスシティでは主人公がAIに勝利しますが、この物語ではAIの作った世界はそのまま、主人公は別に生きていくことになります。
AIは人類を排除することが目的ではなく、まさに持続可能なレベルに強制的に持っていくことが目的だったのでしょう。
現実の社会でも日本の新型コロナ対策は強制力のない方法で終息が見通せませんが、ロックダウンや外出禁止など強制力を以って抑え込んでいる国もあり、緊急時にどのような方法を以って問題に対処するか。どのレベルまでを許容するかが問われています。
先の公開対談の他にも小島秀夫さん、江口直人さん、歌広場淳さん、吉川浩満さんの解説も収録されています。
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