読んですぐに書いた感想がもの足りないし、とっ散らかってるなと思ったので、書き直し。
池上永一作品では世の中では多分ドラマ化された【テンペスト】が有名だと思うのですが、未読&未見。いや、たまたま機会が無かっただけなのですが。
個人的にはデビュー作の【バガージマヌパナス】(第6回ファンタジーノベル大賞受賞作)が好きでしたが、この作品もいい。
【ヒストリア】は一つの体に二つの魂を持ってしまった者の物語です。
ル=グインの【影との戦い】では、主人公ゲドは師である大魔法使いの言いつけを破って使ってはいけない魔法を使い、名前のない禍に力を与えてしまう。それはゲド自身の影。
多くのものを失ったゲドは、ついには影を自分に取り込む物語。
佐藤亜紀の【バルタザールの遍歴】は、ウイーンの公爵家に生まれながらに一つの体に二つの魂を持つ“双子”のバルタザールとメルヒオールが、ナチス台頭するウイーンを逃れ、めくるめく享楽と頽廃の道行きを辿る物語。
そして、この【ヒストリア】の知花煉は、沖縄戦の最中に体から離れてしまったマブイを取り戻そうとするまでの物語。
二人の煉は、お互いを同じような認識で嫌いあっているけど、ゲドと影のように光と影のような相手ではなく、バルタザールとメルヒオールのように一つの体の中であるがまま受け入れて仲良くやっているわけでもありません。
有名なスティーブンソンの【ジキル博士とハイド氏】は一つの人格が薬によって変わる物語で、人の二面性を描いたものですが、これらの作品はそれぞれが独立した人格(影は人ではないが)を持っている点で異ります。
【ヒストリア】を簡単に読めば「沖縄の少女が死地を潜り抜け、分かれてしまったマブイに呼ばれて移民団に紛れ込んで日本を脱出。ボリビアを中心とした中南米で日系人の兄弟やカリスマ女子レスラーと共に活躍。マブイと一つになるために沖縄へ里帰りし、そして~」というチェ・ゲバラやナチスの残党も登場する冒険活劇で、自分探しの物語。
自分的には作者らしい語りで、テーマをしっかりと持って書かれているなと言う感想。
沖縄のお守り、マブイ、そしてボリビアのお守りと体を無くしたマブイのようなもの。
アメリカに破壊され、統治される沖縄と、表面上は自主独立しているがアメリカなしにやっていけないボリビア…そういった共通点もポイントです。
この物語に流れるのは沖縄という土地の置かれた状況。
沖縄戦の状況や米軍基地について、言葉で知ったつもりになっていても、物語として語られるとインパクトが違う。
これはフィクションですが、語り部として活動しておられる方から話を聞けば、重みが違うでしょう。
キューバ革命を成功させたエルネスト・(チェ・)ゲバラが物語に登場しますが、その生き方は決して肯定的でなく描かれており、本来は敵であるはずの米軍琉球列島高等弁務官の描き方は好意的。
革命と言う名の暴力により現状の変更を求める者と、暴力の過程が終わって力により社会を平穏に治める者。米軍統治はは自分の肉親を殺した圧倒的な力と、それを背景にした洗練された知性かもしれないが、戦争よりは平和がいい。
語りのインパクトを通り越して、いや、だからこそか、考えさせられることです。
マブイの煉はゲバラに恋をし、彼を虜にすることに成功するが、世界に革命を求める姿勢に不満を持っています。
肉体を持つ煉は、財産に拘りを持たない凄腕エンジニアで気のいい日系人と結婚しますが、彼が命を失ったのは拘りを持ったから。その拘りは、結婚して子供が出来、守るものが出来たからでしょう。
拘らないのは失ってもまた作ればいいという気持ちからだけれど、家族は失うわけにはいかない。
彼の拘らない姿勢は、命を懸けて守るべきものがなかったからでした。
彼と兄は不法占拠(ボリビアでは人の手が離れて利用されていないものは利用してかまわない)した工場を失っても、財産を失っても、その財産を失わせた煉にも嫌な顔をせずにやり直す。それどころか積極的に煉を仕事に引き込む。
しかし、煉と結婚し、子供ができ、その生活基盤を拡大しようと購入した土地が占拠され裁判で負け、占拠した原住民を追い払うため銃を持って出かけ、射殺されてしまいます。
守るものが出来れば戦うもの。
より良い世界を作るために戦う…革命とは本来そういうものかもしれませんが、良い世界とは土地の習俗と置かれた現状によって異なる。
ボリビアでのゲバラは革命自体が目的化していたため、住民に受け入れられず失敗してしまった事も、対照的なエピソードとして描かれます。
沖縄返還後に里帰りした煉は、その状況を見てもう一人の自分、マブイを取り戻すのは、難しいと知ります。
煉ならばお金とコネの力を使って取り戻すかもしれませんが、普通の人では困難。
その状況は、今も変わっていません。
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