2009年4月8日水曜日

神なき世界のマネーゲーム

 ちょっと、最近考えていた真面目っぽい話をまとめてみました。
 たいがい、読み飛ばしてOK。

 自由主義経済を説いたアダムスミスの有名な言葉「神の見えざる手」。
 経済は需給バランスから、自分でバランスをとるのだから、政府が経済政策を以て関与する必要はないという趣旨だったっけ。(ただし、人が、良心をもって行動すればという条件付きだったような。良心って、何だ?)
 いわゆる経済大国が世界中で自由主義経済を謳い、強制する一方、現実には経済政策がなければ立ち行かない状況になっているのは、誰が見ても明らか。
 たとえば、メリルリンチのバンカメによる救済とAIGやGMの破綻回避の為の公的資金導入。
 自由主義を謳うなら、勝手に破綻させておけばよい。
 各企業とも、破綻前は、結果としてやるべき仕事を行わなかった上、役員は結果として大した仕事もせず高給を取って生活していたのだから、別に破綻して無職になったところで誰のせいでもない自己責任。(って、これまでさんざん言ってこなかったっけ?)
 その会社に投資していた投資家も、公的に認められた会計基準に沿って十分な情報開示を受けての投資なのだから、完全な自己責任。
 サービスを受ける側は、大迷惑だけど、そういう社会なんだし、そのメリットを認めてきたのだから、それが駄目になったのなら、それも認めざるを得ない。
 本当に、自由主義だと言うんならね。
 しかし、実際は、社会に与える影響が大きいという事で、救済される。
 本当にそれが正しいのだろうか。
 株式市場を安定させるため、空売りは正当な商取引であるが当面は禁止するなんてことをやったけど、正しくは、空売りは投機(ギャンブル)であるから、実体経済に影響を与えるのを回避するため自粛するという事ではないか。
 空売りを正当化する議論には、現在株主でない投資家が株式を評価する正当な手段だと言うが、現在株主でない人間が、株価に直接的な影響を及ぼす事は正当なのだろうか。
 そもそも、空売りのような仕組みで、今現実にないものを売買することにより、収益を生み出すというのは、今回の経済危機の引き金となったサブプライムローンと発想の根底が一緒であることを隠している。
 経済は、何のための仕組みなのかを履き違えた自己保身と、収益の極大化のためのウソ。
 発言している人間は、この仕組みにより利益を得ている人間であるから、当然と言えば当然。
 損した分を、同じ仕組みを維持することによって取り返そうとしているんじゃないだろうか。
 その発想は、自分は楽して贅沢な暮らしがしたい。それには経済は拡大しなければならないという、おバカな信仰によるもの。
 人間らしいけど。
 その仕組みを維持するために、たくさんの公的資金が使われているけど、そんなことを認めるのなら、まず利益を得てきた人間からしっかりと賠償をさせるべきではないだろうか。
間違ったロジックを振りかざして利益を得、失敗したら他人に助けてもらおうというスタンスは、普通はどんな社会からも受け入れられないものだと思うが、社会的に影響を及ぼす人間がその世界に浸っているため、それがまかり通っているじゃない?

 その発想のまま、今度は誰も検証のしようのない排出権取引なんかを始めようとしている。
 CO2やNOxの規制はやらなければならないけど、それに金銭を絡めてキャッシュ・フローを創出しようとする発想は、とてもまともな人間のものとは思えない。
現在、金融へ特化して経済規模を拡大してきたヨーロッパ(アイスランドなんて極端すぎる例もあるが)の通貨価値が下がってきたのは、経済の裏付けとなる金融資産が張りぼてであった事が原因。
そしてまた、排出権取引と言う新たな張りぼてを作って金儲けをしようとしているサイテーな世界にサイテーな人間。
本当にCo2を削減しようと言うんなら、取引なんて認めちゃダメじゃん。
本当はだめなんだけど、そんなこと言ってたら現実的じゃないからやるなんて、正確で客観的な観測手段と、完全な第三者機関とそれを強制させる力がなければ、それこそ金儲けのための屁理屈。
環境を人質に取った最低最悪のインチキだ。
導入を急いでいた背景には、新しいインチキを作らないと今みたいな状況になるのが見えていたからだろうか。
CO2排出の削減量なんて、規制される前から一生懸命削減してきた国にとってみれば、勝手な言い草。現象面からいえば削減量ではなくて絶対量で計算すべきだ。
どこかの国で作られた光化学スモッグが日本列島を覆う事になっても、誰も責任は取らないし、解決もできない。
恩恵を最も受けるのは、環境問題なんて考えていない金儲け至上主義の人たちなんて、本当に冗談にもならない。
で、そういう事と直接関わりのない人間は、結果だけを受け入れて、自分の都合の悪いことは言わない、報道しない社会の中で何もしないでいる。
 自分を含めて、それを認容している社会って滅びてしまうのが必然なんだろうな。

 イスラム教では、利息が禁止されているらしい。
 お金がお金を生むという行為は神の摂理に反するというわけで、それはそれで一面の真実。
至極まっとうな話だと思う。
 元来、欧米で圧倒的なキリスト教も、そういう性格があるらしい。(見ていると信じられないけど。)
 本来お金というのは、物やサービスの交換手段であり、財産そのものではない。極端な話、お金には根源的価値がないという事が出来る。
 だって、お金そのものでは、腹も膨らまないし、のどの渇きも癒せない。
 そんなものが、それ自身増えてしまって、物を作り出す行為が相対的に低く位置づけられてしまっている。
 お腹をいっぱいにするものや、のどの渇きをいやすものや、生活を便利にするものを作るという事が、お金を持っているだけ、もしくはルールの隙間を縫ってお金儲けをしている連中にコントロールされるのは間違っているだろ。
 しかし、物々交換じゃ不便だし、効率よくモノを作るには、お金の流通を保証する必要があるし、それを行う人にも報酬は必要だし、お金を出してくれる人にも利益がなきゃならない。
 それが、経済の根っこのところだと思う。
 商品先物って言うのは、本来、物を作る上でのコストの確定。それによる生産計画の検討などという意味で必要。
 しかし、現在は投機の対象になっている。
 通貨取引(FX取引)も、異なる国同士の代金決済で必要な通貨を確保する意味で必要だけど、これもお金を稼ぐ手段として投機の対象となっている。
 そして、株式市場。
 企業の資金調達や、信用の創造という意味で重要だけど・・・。
 いろんなオプション取引があって、無理やりに信用を創造してお金を集めている。
 その結果が、今、この状況だ。
 キリスト教的にいえば、そういう人たちは復活の日には裁かれるんだろうね。
 ケチョンケチョンに。

 そもそも、今の経済が捉えている実体経済とはどんなものなのだろうか。
 未実現のものにまで推定して価値を与えて評価する仕組みは正しいのだろうか。
人がやることなのだから、正しいとか、間違っているとかは、時間とともに評価が変わる。
神がいるとしたら、その視点からの絶対の評価はあるのだろうが、人の世界では難しい。
案外、リチャード・バックが『イリュージョン』の中で主人公に言わせている通り「神は、そんなことは気にしない」のかもしれない。
しかし、経済は人がよりよく生きるための仕組みを目指すべきであって、一部のギャンブラーの生活を楽にするためにあるべきではないという考えは、おそらく多くの人の賛同を得ることができるだろう。
しかし、どういう立場をギャンブラーと言うかは、人によって違うのだろうな。
個人的には、短期的な株式の売買、実需の裏付けのないFX取引や商品先物取引なんかも性質の悪いギャンブルだと思っている。
立派な経済活動だというのが一般的な判断だろうけど。
その隙間は、積極的肯定の無い中でどんどんデカくなってゆく。
結果が今。
そして、豊かさと言う言葉に踊らされて世界は不幸になってゆく。

本来、金融経済は実体経済という裏付けが必要で、金融立国と言う寝言がまかり通るための前提は、全世界経済のボーダ・レス化だけど、そんなものは実現したことがないし、そもそも対立する国や地域、民族、思想、宗教、階級があっては未来永劫実現できないものだ。(対立がある限り安全保障と言う概念は無くならないし、安全保障が必要である以上完全なボーダ・レスなんて有りえない。)
仮に本当に経済がボーダ・レス化したら、各国の仕組みのギャップを衝いて鞘を抜く類の商売がなくなるから仕組みもスッキリするのだろうけど、それには世界中の文化や風習なんかを変えなければならないし、絶対に無理。
既得権を持っている連中は、それこそ全力を挙げて妨害すると思う。
楽してお金儲けが出来なくなるもん。

仕組み的に、救いようのないシステムが運用されているから、こんな状況が生まれているのだけれど、それではどうすれば良いのだろう。
今の仕組みは、先進国の人間が斯く有るべしといって築き上げた効率だけのものだ。
非人間的とも言うけど。
利益を得るために何をしなければならないかと言う事については、徹底的に研究されているんだろう。
その結果、社会がどうなろうがお構いなしに。
つまりは、金は金を生む(金融商品の多様化)、労働は資源であって不要な時には買う必要がない(レイオフ制度)、個人の生活は個人が責任を持つべきであって公的に行うものは最小限にすべきだ(年金や社会保障制度の個人負担)など。
う~ん、年金や保険なんて制度自体、金融システムの上に乗ったものだから、これを是とする場合は、どういうエクスキューズをつけるかな。
グローバル・スタンダードと言って、すべての国に適用しようって、社会の仕組みや歴史、インフラの整備度合なんかまちまちな国に一律に適用しようったって、何でその国がそういう事になっているのかという事を思えば、無茶なのは自明だと思う。
そのような仕組みを、日本もアメリカに倣って導入しようという流れがあった。(小泉内閣の構造改革)
その結果、企業は成長したが、働いている人間は不幸になったんじゃないだろうか。
しかも、グローバル・スタンダードという誤ったロジックに踊らされたため、ちゃんとした経営がされなくなり、結果として自らの首を絞めている。
某竹中元行政改革担当相は、在任中に人を評価する仕組みだとかいろいろ言っていたが、じゃあ皆が皆、金融が儲かるからとそちらに走ったら、どうなると考えていたんだろう。
誰もが高く評価される(と思われる)職業に従事したら?
金融立国とか寝言を言っていた結果はどう評価するのか。
金儲けのツールとして規制が緩やかになった派遣労働者についてはどうだろう。
(未だに講演会やテレビ番組などで彼の意見を聞く人にも訊いてみたい。)
肝心なことは、経済活動は、人が生活する活動の事であって、投機する連中が儲ける活動ではないという事。
現在のシステムのしょうもない所は、システムが投機用に出来上がってしまっていることなのだから、それについて考えてみる必要がある。

そもそも、アメリカの過剰消費に頼って世界経済が発展してきたというのなら、そういう国をもう一つ作ればいい。出来ないだろうけど。
それには、財力と信用が必要だからだ。
物を買う財力と信用。
アメリカは、貧富の差は激しいが人口も多く、消費する絶対量は多いし、規制も少ないから、経済的成功も比較的容易だ(と言われている)。
軍事力も強大で、気に入らない国があれば表に裏に介入して潰してしまう事が出来る。
自国の企業に不利だと思えば、合法的・非合法的に他国の行政に介入して自国企業を保護してきた。
そんな国だから可能なことだったんだろう。
言ってみれば、そんな下種な国に頼って得てきた経済成長だ。

日本のITバブル。
本当にそんな価値があると信じて株式を買っていた人間がどれだけいただろう。
面積に限りがあるだけ不動産バブルの方が説得力がある。
みんなで、勝手なお約束を定めて、ゲームを行っていただけ。
投機目的のファンド。
アメリカ発の金融理論を振りかざしての金儲け。
大体、金が金を生むシステムなんて基本的には意味はないし、インチキに決まっている。
ディスカウント・キャッシュフロー?
仮定の計算なんて学校の算数の授業でやっていればいいんじゃないか。
FX取引。
通貨は、物事を測る物差しであって、投機の手段ではない。
そういったものを肯定したところから、現在の経済危機の深刻化が始まっている。

しかし、本当に経済危機なのか。
働き先は、ある。
インチキな経済成長で、便利な生活を享受し続けるには、不十分な収入。
キツい労働。
そんな仕事をやるくらいなら、路上生活者になる、か?
緊急雇用対策として自治体が短期雇用者採用を行っても、応募はさっぱりらしい。
本当に困っているのか。
短期雇用の間に就職活動をするという選択はないんだろうか。
政府の対応を批判するより、そろそろ違うパラダイムを生み出さないといけない時期かもしれない。

 経済社会は、自由主義・ボーダレスという事が言われている。
 一方、国宝の国外流出阻止、スポーツ国際試合など、その他の分野ではナショナリズムが盛んだ。
 世の中、幾つも世界があるわけではないのだから、これらの事はきちんと整理をつけないと争いの元になる。
 世界が一つの国家になれば、すべての問題は解決するが、宗教対立や人種・民族の差別問題があるし、文化・風俗の違いがあるため、それは難しい。
 それでは、自由主義と言う考え方自体が現実的ではないという事になる。
 自由主義と言うのは、優位に立った者の、現実を無視した自らの利益を最大化するための方便にすぎないんだろう。

2 件のコメント:

  1. 2009年4・22号のNewsweekによると、アメリカでも宗教の影響は、随分落ちているそうで。

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  2. 欧米の金融当局が税金で破綻しかけの金融機関を救済したら、金融機関はその金で投機を始めて金儲け。
    その金で公的資金を返済希望。
    物価も上がるだろうし、なんか納税者は自分お金で自分の首を絞めた感じだね。
    期待もしなかったけど、現象面の対策だけで、本質的な対策を打たなかった政治には本当にがっかりだ。

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